• ~旅と日々の出会い~

袖振り合うも他生の縁

 -うまい酒をだす店-

1988年から91年にかけて漫画週刊誌『モーニング』に、尾瀬あきら「夏子の酒」が連載された。物語は、米酒「龍錦」を使った酒造りを夢見つつも志半ばで亡くなった兄の意思を継ぎ、東京の会社を辞め佐伯酒造に戻った夏子の成功までの数々の試練と仲間の協力が綴られる。焼酎ブームの前だった。今でこそ米の生産から配慮した酒造りが、その藏の特徴であり、酒の味となっている。あの頃は一部の酒をのぞいて大きな違いはなく、大衆飲み屋にも銘柄はなく一括して「日本酒」だった。そんななかでの「夏子の酒」は、ある意味、サラリーマンの日本酒党をワクワクさせる漫画だった。

東武東上線の大山。大山商店街(ハッピーロード)の脇に「魚猫」というカウンター中心の小さな飲み屋がある。開店前から十人ほどの列ができる。旨くて安い店だがお目当ては、その日の安い特選料理と数量限定の刺身、そして女性店員が全国から探し求めてきた日本酒だ(5年前)。とある日、抽象されたひまわりの花を感じた黄色いラベルの酒を薦められた(鏡草)。舌に重く残る旨味。それが「十旭日(じゅうじあさひ)」との出会いだ。(「鏡草」、鏡餅の上にのせた大根の輪切り)

「杜氏さんが女性なのよ」。手にした一升瓶のラベルに女性杜氏の思いが重なった。漫画「夏子の酒」を連れに話す。40年ほども前の漫画に隣の老夫婦が相槌を打ち、「これも縁だ」と乾杯した。お隣さんは新潟で、私が島根。話は酒から米・水・風土へと及び、旨い日本酒を置く店になった。二人の推薦の店は、今はない池袋西口の囲炉裏でお爺さんが魚を炙り焼く「笹周」だった。酒が取り持つ一夜の思い出談義。それは薄給の頃のせめての月一の贅沢な飲みと故郷への思いだった。シャケノ厚い切り身の炭火焼きを突きながら、薄く茶色のついた十旭日の純米酒を常温で飲みたいものだ。

十旭日
旭日酒造有限会社 (出雲市)

→「自然の恵み 食と酒」に戻る

SNSでシェアする