島根県出雲市に荒神谷遺跡があります。荒神谷遺跡と加茂岩倉遺跡の発見が日本の古代史研究と考え方を大きく変えました。島根県の観光パンフレットや観光ガイド雑誌には必ず表記されています。
でも、古代史や遺跡に興味のない方には、訪ねてみても全景や周辺にがっかりされることもあります。
もしも、エジプトの壮大なピラミッドや中国の万里の長城、イースター島(チリ)の神秘的なモアイ像や謎めいたナスカの図形ならば、広大で目立つので関心も寄せられます。それに出雲市駅から車で15分と便利なところにありますが、荒神谷遺跡の周りには山以外ありません。直線距離で400メートルほどの加茂岩倉遺跡も同じことです。歴史に意味があっても観光見学の魅力と利便に欠けるかもしれません。
島根旅行の難点は、横に長い地理から広範囲にわたり、交通の便が悪いことです。時間的に余裕があり、レンタカー使用ならともかく、バスや電車となると、出雲大社や石見銀山、松江、せいぜい足立美術館を回れば二泊三日の旅は終わりです。無理していくより効率的に移動して思い出を創る、決して間違いではありません。
開拓の歴史を刻む札幌の時計台や、遠野物語の遠野市を訪ねた時も、期待外れの感情をもつ方もいらっしゃいます。時計台や遠野市に問題があるのではありません。観光客が抱く期待と出会った現実とのギャップ、もしくは誤解です。旅する人の目的にマッチした案内パンフレットが必要ですね。
そこで、荒神谷遺跡を楽しむ方法をご案内します。あるいはこんなことをお考えの方は是非、荒神谷遺跡や加茂岩倉遺跡をお訪ねください。これも私の主観に偏った見方ですが。
もしあなたが、出たとこ勝負のぶらぶら旅が好きならば、遺跡の旅は満足できます。
京都に『哲学の道』があります。銀閣寺から知恩院に向かう小道です。今は小物屋さんや喫茶店もあります。京都ブームになっても暫くは小川に沿った小道で、生活の匂いが立ち込めた日蔭でした。清水寺から八坂神社に向かう石段の坂道を期待した観光客は必ず愚痴をこぼします。ところが、「哲学の小道」だから何もないのも当然だと納得します。この小道は模索・瞑想するところだと。その訳は、この道に物語があるからです。京都大学教授で哲学者の西田幾太郎が毎日散歩した道、京都学派の若き学士が学んだ道なのです。そんなイメージに観光客は思い出を重ね納得するのです。
島根にはたくさんの「古代史の小道」があり、それぞれに物語が存在します。そのひとつ、「荒神谷遺跡の道」の楽しみ方をお話します。
荒神谷遺跡全体の面積は1.3haです。百メートルちょっとの縦と横の面積です。狭いでしょう。
荒神谷遺跡について少し説明をします。
1983年(昭和58年)、広域農道(愛称・出雲ロマン街道)の建設にあたって遺跡調査が行われました。この時、調査員の発見した古墳時代の器の破片が、大変な発見へとつながったのです。1984、85年 の発掘調査で、銅剣358本、銅鐸6個、銅矛16本が一挙に発見されました。一度に発掘された銅剣がこれまで発掘された銅剣の総数よりも多かったのです(どうだ、参ったかですが、古代史に興味がないとただの数字ですね)。出土品は国宝に、遺跡自体も国の史跡に指定されました。2005年(平成17年)に「荒神谷博物館」が公園内に開館した。
ところが出土品は、島根県立古代出雲歴史博物館に常設展示され、荒神谷遺跡にあるのは特別展以外すべてモック(模造品)です。
銅剣の発見は荒神谷遺跡ですが、発見された銅剣すべて、出雲大社に隣接した古代出雲歴史博物館に展示されています。本物を見たい方は、古代出雲歴史博物館に行ってください。他の地域の出土品や出雲大社の不思議についても併せて鑑賞してください。
私がお訪ねしたのは3月末の肌寒い朝の時間でした。ワイシャツとブレザーにコートではまだ寒い寒の戻りの風が吹いています。朝も早く、寒いからでしょう、荒神谷遺跡の敷地でお会いしたのは、犬の散歩に通り抜けた二組の老夫婦だけでした。
このサイト『島根国』の「自然の恵み 温泉と芸能」のコーナーに、女性の一人旅小説『一話 赤い糸のあや―あなたは、気づきを教えてくれた―』が記載されています。その『二章 歴史が織りなす松江しんじ湖温泉の巻』「一節 出雲王朝の風と薫りの荒神谷遺跡と加茂岩倉遺跡」に、旅する女性「川瀬みなみ」と地元タクシーの運転手さんとの会話があります。少し長くなりますが引用します。
(地元のタクシー運転手)「思うますに、大社さんの博物館(古代出雲歴史博物館)は国宝の銅剣や銅鐸なんぞを見てもらう展示場所ですが。ここ(荒神谷遺跡)は違ぁます。銅剣を埋めらっしゃった人や、なんでかを思う場ですわ。わたしは、そうでいいと思います」
沢山の人に島根に来てもらうためには、壮大で威厳があり、そして交通の便のいい立派な建物が必要だと話す。出雲大社に隣接した古代出雲歴史博物館は、島根を知ってもらい、ファンになってもらう役目があると。その宣伝と啓蒙の場所でもあると。
「ここ(荒神谷遺跡)は違ぁます」
「じゃあ、ここはなんですか」
運転手さんはタオルで坊主頭を拭いている。
「ここは、埋められていた。そうだけでいいです。お客さんのように、そこに座ってぼーとすうか、なんか考えてみりゃあいいです。そげすうと何かが見つかませんか」
「何かを感じてみるということですか」
「すんませんな。偉そうなことを言うちょうますが、わしはそう思いますわ」
「それだけですか」
「そげです。只、それだけでいい。そうだけでいいです。そげすうと、なんか落ち着きませんか」
35歳の旅人の川瀬みなみは、自己実現を得られない仕事や先の見えない東京生活に、漠とした不安を感じて一人旅にでます。偶然出会ったIターンの男性と飲み屋の女将さんの話や不思議な体験から荒神谷遺跡を訪ねます。かつては観光客を連れて荒神谷遺跡に来た運転手は、川瀬みなみに「ここは、只いるだけでいい」と教え、いろんなことを考えることで気づくことがあると諭します。発掘されたところであることは、埋蔵した人々の物語や感性のうごめきもある、そんなことを想像するだけでいいと話します。
銅剣が埋められていた谷合へとゆっくり歩きます。木々の小枝には水に流したような薄緑もピンクの色もなく、気配だけの色付きを感じるだけでした。
「私は何だろう」「存在ってなんだろう」。答えも問い返しもありません。ふっと深呼吸をして、そんな難しい問いではなく、誰に命令されて、どんな気持で銅剣を運び、埋めたのか考えてみました。
初夏となればピンクの花を咲かすハスの池を眺めることができます。水中を覗き込む。オタマジャクシもタガメもいない。どんよりとした山陰地方独特の灰色の低い空が映っています。お釈迦さんのハスではなく、神秘の古代ハスの池。
龍樹という偉い坊さんがいました。空論と説いています。大根島にはインド哲学の大家・中村元さんの記念館があります。煩悩だらけの私には悟ることなど到底出来ないこと。せめて弱者支援とカンパはしてきたなと思い浮かべたとき、「弱者」って随分傲慢だなと笑ってしまう。そんな自分に気づいたのです。
ここで土器の破片が見つかり、あの銅剣の発見へとつながりました。
調査員は宝物でも掘り当てた気分だっただろうか。それとも仕事の延長で感慨深いものはなかったのだろうか。尋ねてみたいことです。
幸せ、満足、自己実現、マズローの法則など考えながら穏やかな坂道を上ります。左手に発掘された跡があります。なんだ、ただの壁面ではないか。でもこれが古代史をひっくり返すほどの発見でした。架空の出雲王朝の存在が立証されたのです。大和・九州の二強論議に楔を打ち込んだのです。
この発見が『古事記』や『日本書紀』解釈だけでなく、想像することを楽しくしたのです。
池の淵をぐるりと回って田んぼに出る。神事用に作られる赤米の田んぼ。ここにもひとつの神様とのつながりの物語があります。
小高い丘に登って、歩いてきた道と荒神谷遺跡のある谷合を眺めます。冷たい風が首にまとわりつきました。
丁度45分の散策だす。
考古学者でもマニアでもないから、食い入るように見ることもなく、散歩のついでに発掘現場を眺めた気分です。ただ古代出雲歴史博物館で見た銅剣を、説明書で学んだ知識を現地で復習をするのです。
すると学術的な解釈など忘れてしまいます。ここは大それた埋葬場所でも、ゴミ捨て場でもない。近所に作った納屋のようなものかもしれません。いつでも掘り起こしてもって帰れます。次の儀式まで隠しておいたのに、もっと良いものが出来たので忘れてしまった。
いろんな観光があります。学んで知識を得る観光に、風光明媚な風景に感動する観光、体験してみる観光も、座禅やヨガを組む観光もあります。荒神谷は、古代の歴史を想像するのにぴったりです。だからといっても縄文時代の格好をして赤米を炊くのではありません。このなにもない自然の中で古代ロマンを想像してみます。どうしてこの方向。誰が運んだのか。
メモ帳に運搬する人たちを殴り書きした。お見せするほどのものではありませんが、自分では満足している。そして自分の表現力の貧困さに笑ってしまいます。私の存在についても考えました。そして運んだ人たちには「存在」という意味はあったのだろうか。あのころの「綺麗」とはどういうことだったのだろうか。
島根の旅。点と点を結ぶようにつづく旅路。交通の便にぶつぶつ言うよりは、ここはぶらぶら散歩で時間を掛けて楽しんでみるところ。発掘されたものはすべて古代出雲歴史博物館に展示されています。ここは作業現場として想像しましょう。
加茂岩倉遺跡も同じす。ここは谷合を歩き、クレーンの作業員か、銅鐸の運び人になって考えませんか。例えば、盗もうとは思わなかったか。
そういえば、正倉院の宝物はよく盗難にあわなかったものですね。特殊な警備隊がいたととうより、祟るとでも噂を流したかもしれません。
荒神谷も加茂岩倉も、そんな不文律の呪いが掛けられたのかもしれません。そんなことを想像し、いろんなことを考えてみましよう。あるいは瞑想してみましょう。あなたは推理小説か想像作家です。
一人で想像するのもいいものですが、友達や家族とチョット議論でもしましょう。決して相手の想像を否定しない、笑わない条件で。想像に専門家はいません。あなた独自の想像を働かせてみましょう。すると荒神谷遺跡の道は「ロマンの道」にも「戦いの道」にも「幻の王朝の道」にもなります。あなた独自の思い出にしましょう。
そして生き方や仕事につまずいた時、古代のことを考えながら自分を問い直してみませんか。
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