• ~旅と日々の出会い~
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三話 隠岐の旅は、隠岐ジオゲートウェイの『隠岐自然館』から

― 小さな島で地球という生命体を考える ―

はじめに

観光地の駅に降りると、まず足を運ぶのが「観光案内センター」だ。ここで町の観光事業に対する考えと旅行者との関り方を観察する。

案内人の説明には、観光客(旅行者)への単なる案内か、住民としてのコミュニケーションか、それとも行政の仕事か、如実に現れる。過剰な接待を求めるのではない。笑顔と声掛け、そして旅行者の気持を汲んでいるかだ。
町の「関係人口の拡大」の姿勢と考えが示される観光案内センター。もちろん旅行者のマナーや態度も大切なことで、相互のコミュニケーションあってのことである。

観光案内と学習博物館的機能を併設したのが、島後の『隠岐自然博物館』(一般社団法人隠岐ジオパーク推進機構)である。

「紹介」(説明)というより「問いかけ」から始まる。そこで、隠岐の不思議に好奇心と探求心が刺激される。さらに隠岐の自然と文化の学びにとどまらず、隠岐で知ったことを自分の考え方や生活に活かしたくなる。そこが「隠岐自然博物館」の最大の特徴であり魅力だ。そして世界ジオパーク認定・維持継続の意味と意義がある。
(問、なぜ隠岐の島後に飛行場開設が可能だったか?)

自然館入り口

一章 隠岐ってなぁに(隠岐諸島と隠岐ジオパーク)

■「隠岐の島」という島はない

約600万年前の火山活動で形成され、大小180余りの島々で成り立つ隠岐地方、あるいは隠岐諸島。そのうち人が暮らしているのは4島だけ。4島は『島前』と『島後』の2つに分けられる。本土に近いのが島前、遠いのが島後。(諸説あり)

西ノ島町の西ノ島、海士町の中ノ島、知夫村の知夫里島を『島前』と呼び、隠岐の島町を『島後』と呼ぶ。

気づいた方もいるだろう。「隠岐の島」という島はない。

『島前』と称される3島の西ノ島の西ノ島町、中ノ島の海士町と知夫里島の知夫村、それに『島後』の隠岐の島町の4つの行政区をまとめ「隠岐郡」と呼ぶ。

『島根国』で隠岐郡の4島を総称する場合、行政・文化では「隠岐地方」、地理・地学では「隠岐諸島」の名称を使い、4島それぞれの島について述べる場合は、島前の西ノ島、島前の中ノ島、島前の知夫里島、島後と表記する。

「乗船券」購入窓口

■本土から渡る方法

飛行機か船。
・飛行機は、①出雲空港から隠岐世界ジオパーク空港、➁伊丹空港から隠岐世界ジオパーク空港。二通り。
・船は、①島根県松江市の七類港から島後の西郷港と知夫里島の来居港、➁鳥取県境港市の堺港から島後の西郷港と知夫里島の来居港。各二通り。

島には港があり、島後の西郷港、知夫里島の来居港、中ノ島の菱浦港、西ノ島の別府港。フェリーかレインボージェットで繋がっている。(費用と時間の気分の違い)

県外からの隠岐諸島訪問は、前日、松江か出雲に入り、観光を兼ねた宿泊をお薦めする。飛行機や船の時間をよく調べていただきたい。また隠岐地方の旅は、最低二泊三日がお薦め。また天候に左右されるので配慮願いたい。

飛行機

■隠岐の旅は隠岐ジオゲートウェイの『隠岐自然館』から

初めての隠岐地方の旅ならば、まず島後の西郷港に隣接した『隠岐ジオゲートウェイ』2階の『隠岐自然館』の見学と学習を薦める。可能なら関係者の方からの説明を受けると、「隠岐諸島」の地質が生み出した「隠岐地方」の神秘と不思議を、これから廻る旅路の中で堪能することができる。説明の所要時間は約一時間。

隠岐の自然・風土を事前に勉強することも薦める。観光ガイド書籍の知識で説明を受けてもよいが、事前に学習をすると説明を聴いた時に、『驚き』だけでなく『疑問』という閃きが起きる。またタイムリーな質問をすることができる。なにごとも事前準備と予習だ。

博物館の王道で、歴史の古い順で展示(話)がすすみ、出口のところで近現代となる。ところが自然から説き起こした文化民俗併設の自然館では、初めに学んだ地球創世記の知識を最後の人間史につなげて考えるにはもう一度初めに戻りたくなる。では、最後から見ればいいのかといえば、それは間違いである。最初に説明される「原因」が分からないと「結果」としての現在が意味をなさない。

そこで、事前に『隠岐ジオパークセンター』『隠岐自然館』のコンセプトに目を通してほしい。

ひとつは、『隠岐自然館』のwebサイト。「それぞれの『時間』から、隠岐を知る。西郷港直結の『隠岐ジオゲートウェイ』2階に位置する隠岐自然館は、たくさんの『なぜ?』に気づき、答えを探す場所です」(サイトより)

https://www.oki-geopark.jp/museum

次に、隠岐諸島観光総合案内の『隠岐楽』である。隠岐自然館の展示と連動するかたちで各島の自然や名所旧跡が記載されている。自然館で学んだことを現地で確認する指導書(案内書)になる。事前に取り寄せて、隠岐諸島の自然や地資に風土と文化を学び、その実証として隠岐諸島の各地を訪ねると隠岐の不思議を五感で感じることができる。

あわせて隠岐の地学(地質学)やジオパークについての学習を推薦する。最適な書籍が、日本のジオパークに焦点を絞った日本地質学会編集『大地と人の物語―地質学でよみとく日本の伝承』(創元社、2025年6月10日、2860円)である。(「総論」)
4色刷りで写真も図も見やすく、また地名や人名にルビがふってあり大変分かりやすい。何といっても初心者向けに執筆・デザインされていることだ(編集者に感謝)。さらには出版の契機が、2021年松江・出雲で開催されたジオパーク第11回全国大会の報告で、出雲神話の魅力にひかれて島根を旅する人には旅を深める内容になっている(島根半島)。「伝承・神話を現在の地質地形の科学的視点で見直した」(p164)
ジオパークの原点である自然と風土文化を有機的に関係づけて学ぶ良い体験になる。

『隠岐楽』
『大地と人の物語―地質学でよみとく日本の伝承』

第二章 『隠岐自然館』ってなぁに

■隠岐ジオパークとは

隠岐ユネスコ世界ジオパークは、2009年に日本ジオパークに認定され、2013年にユネスコ世界ジオパークに認定された(2025年にあらためてユネスコ世界ジオパークとして再認定)。

「隠岐ユネスコ世界ジオパークは、島根半島の北40~80kmの日本海に点在する4つの有人島と多数の無人島によって構成されています。海洋生物や漁業などの人の営みも含め、隠岐を取り巻く環境そのものが、隠岐ユネスコ世界ジオパークとなっています。ユーラシア大陸の縁辺であった時代から、湖の底の時代、深い海の底の時代を経て、今から約600万年前に大規模な火山活動によって誕生した隠岐諸島。ここでは、単に貴重な地質資源が見られるだけではなく、何億年も続いている、隠岐が形成された『大地の成り立ち』、その大地の上に育まれた『独自の生態系』、今日まで受け継がれてきた『人の営み』をひとつの物語として知ることができます。」(隠岐ジオパーク・サイトより)

https://www.oki-geopark.jp

■自然館とは

隠岐自然館とは、「隠岐4島の概要や隠岐ユネスコ世界ジオパークについて学ぶことができる展示施設です。館内の展示と現地の景色や体験が合わさることで、より一層隠岐や地球への関心が深まります。」(隠岐自然館のサイトより)

https://www.oki-geopark.jp/museum

地球誕生から現在の隠岐までを1つのストーリーとして展示紹介。3つのゾーンに分けてある。

  1. 「大地の成り立ち」ゾーン 隠岐諸島誕生までの歩みや、奇岩や絶景が生まれる仕組みを紹介。
  2. 「独自の生態系」ゾーン ジオラマや剥製標本を交えながら隠岐の陸と海に暮らす生き物の紹介と、なぜ多様な生態系が築かれているか説明。
  3. 「人の営み」ゾーン 3万年前に遡る黒曜石を介した交流や、天皇のご配流や古典相撲など隠岐ならではの歴史文化について展示。

・隠岐諸島のジオラマが迎える

入館すると待ち受けるのが上空から隠岐諸島を眺めるジオラマだ。隠岐がどのようにしてできたのか、どのような生物が棲み、どのように人は暮らしてきたのか。それぞれ概念別に紹介する。ここで基礎学習をする(疑問の発見)。あるいは全体の説明を聞いた後に、あらためて確認の復習をする(なぜからの推理)。
「総論」のコーナーである。急いでいる人はこれだけでも見学してほしい。旅行を必ず深く、楽しくする。

・コーナー① 「地球時間」の中の 隠岐

地球誕生から46億年。噴火と隕石。陸と海との格闘の過程で、大陸は分裂と集合を繰り返し、あせわせて生命も繁栄と絶滅を繰り返してきた。火山噴火や大きや地層変動は隠岐諸島でも例外ではなく、隆起と沈降、分離と集合を繰返した。変動によって動植物も独自な成長をみせ、沢山の謎の原因が残っている。

・コーナー➁ 隠岐の生き物たちの「進化」

地殻変動を繰返し、約1万年前に大陸からも本島からも離れ離島となった隠岐諸島。まず、生き物と植物が独自な進化と成長を続ける。北海道や沖縄独自の植物が隠岐諸島では共存する不思議な生態。地殻変動を顕わな形で残す風景。ダーウィンの進化論・自然淘汰という考えでは整理できない現象は、気候変動でも証明できない地球物理学の領域である。

・コーナー③ 「隠岐」という時間

人類の歴史は戦いの歴史でもあった。それは食を得る動物との戦いだけでなく、生き延びようとする存続との戦いであり、私的所有と独占のための人同士の戦いでもある。火山活動によってもたらされた黒曜石。叩いて割ると鋭利な角度ができ、矢じりや槍の先となる。3万年前から、その黒曜石を求めて人々がやって来た。
一方、人は共存の道を模索する。家族から村へ、やがて大きな集団へと発展する。

ジオラマ

■自然館は「なぜ」を提起する

自然館には「なぜ」という現象や風土との関りが紹介される。その現象、「なぜ」を地球変動という「地質学」や「地球物理学」から解読する。また、地学と生活風土・生活文化の関係や地質と神話の関係を物語(ストリー)で示す。

その数点を、地殻変動と海蝕崖とあわせて紹介する。

・北海道と沖縄の植物が生息する

地殻変動を繰り返してきた隠岐諸島には、北海道の植物オオイワカガミやハマナスなどとともに、南方系のナゴランなどの植物がともに生息する。
それは次のように推測される。2万年前の氷河期、海面は130mくらい低下し、北海道と本州は陸続きとなり隠岐も島根半島と繋がっていた。その頃に北方からの植物が伝播した。反対に、氷河期が終わると対馬暖流によって運ばれてきたのが南方系の植物ナゴランなど。これが離島となった隠岐諸島に共存という形で生息した。
第二の不思議は、それが現在まで存続していることだ。

・大満寺山の斜面は方角によって樹木が異なる

島後にある大満寺山の斜面の樹木は方角によって異なる。南斜面には、スダジイやウラジロガシの照葉樹にコナラなどの落葉樹が混じて植生している。北・東斜面にはサワグルミやカツラのブナ樹林が森をなす。西斜面にはスギとモミが植生する。尾根筋にはゴョウマツやネズコの針葉樹とオキシャクナゲにヤブツバキが混生する。
斜面によって異なる森林が分布するのはなぜか。

・大陸と繋がっていた日本列島

島後には異なる岩壁がある。東部の大満寺山の岸壁は片麻岩で形成される。日本列島がまだ大陸の一部だった頃にできたものである。北端の外見海岸は、50万年前に噴出したできた流紋岩の白い崖である。
噴火と地殻変動の織りなす構造である。

・黒曜石とダルマギク

外見海岸にはダルマギクが多数生育している。崖の裏手は黒曜石の産地であり、先史時代から発掘されて各地に運ばれた。それを証明するのが、ここの黒曜石が朝鮮半島の遺跡や瀬戸内海の遺跡から発見されている。
原石として運ばれたか、道具に加工されて運ばれたか、次の大きなテーマである。

・焼火神社

西ノ島の焼火山(たくひやま)山頂の火砕岩には、大きな割れ目の洞窟がある。それにはめ込むような形で焼火神社か作られた。神社は、京都で造ったものを解体して西ノ島に運び、ここで組み立てた。なぜ、手の込んだ方法をとったのか。
また森には多くの野鳥が生息し、希少種や出自の異なる植物が共存する生息する不思議な一体である。

・引き裂かれた岸壁

冬の季節風による波の侵食によってできた高さ10mを超す海食崖・西ノ島の国賀海岸。また600万年前の噴火で堆積した知夫里島の知夫の赤壁。赤い岩層の中央に火山の火道(マグマの道)の跡が残っている。
本土に一番近い島ゆえに、鍬に引き裂かれた「国引き神話」を感じさせる。

焼火神社
西ノ島の国賀海岸

■不思議の4島

不思議の残る4島。それはあったという過去ではなく、存続し続けている。なぜ存続したか。なぜほかの地域ではありえないのか。離島ゆえの存続なのか。ならば日本列島は大きく人の手が加わり変貌したことになる。「なぜ」は果てしなく続く。

自然館は、「なぜ」から始まる問いに満ちている。それがジオパーク認定の理由である。また、「なぜ」を隠岐自身が地質学(地球学)から生物学や隠岐人類史に紐づけて追究し続ける。それが「隠岐ジオパーク」としての存在でもある。

自然館は隠岐諸島の訪問先のひとつの施設ではない。隠岐旅の「入り口」である。感性を磨く入港者にとっての関所だ。ここで「思考」することから隠岐の旅ははじまる。
知らずに風光明媚な地を見るのと、知って見るとは大きく違う。なぜなら、「なぜ」という問題意識の「解」を自分の五感で確認することができるからだ。

玉若酢命神社の樹齢二千年の八百杉(やおすぎ) 樹齢2千年以上、樹高38m、根元周囲20m。

第三章そもそもジオパークとは

■ジオパークとは

そもそも隠岐ジオパートの「ジオパーク」とは何なのか? 

ジオパーク(Geopark)とは、「ジオ(大地)」と「パーク(公園)」を合わせた言葉。

「地質・地形から地球の過去を知り、未来を考えて、活動する場所です。ジオパークとは、地球科学的意義のあるサイトや景観が保護、教育、持続可能な開発のすべてを含んだ総合的な考え方によって管理された、1つにまとまったエリアです。」(日本ジオパークネットワークのwebサイト)

ようするに、国際的にみての重要な景観や地質遺産だけではなく、その「大地」の上に生息する動植物の「生態系」、さらには人の歴史・文化などの「営み」を含めた包括的な地域空間を示す。
そして、認定した目的は、①保護、➁教育活用、③地域振興(持続可能な開発)の運動をともない、さらに豊かにしようと取り組むことが必須である。

・知る、考える、行動する

「地質遺産から地球の過去を知ることで、未来を思い描いて考え、現在の私たちが未来に向けてどのように行動するかが見えてきます。
ジオパークでは、地域住民が主体となって、ボトムアップの活動を進めます。そんな地域がネットワークとしてつながり、経験や知見を共有し、知恵を出し合って、持続可能な社会の実現を目指しています。」(同上)

過去の地球からの変化を学ぶことで地球の構造と関りについて「知り」、多くの人と対話をしながら暮らし方をあらためて見直し、地球のために何ができるかを「考え」て、地球という未来に向けて共に「行動」を起こす。その総体として「ジオパーク認定」の意味があり、そして義務がある。


■日本のジオパーク

ユネスコ世界ジオパークは、2015年11月に開催された第38回ユネスコ総会において、ユネスコの正式プログラムとなった。
世界には46か国・177の地域が認定されている(2022年11月時点)。 日本のユネスコ世界ジオパークは、洞爺湖有珠山(北海道)、糸魚川(新潟県)、山陰海岸(鳥取、兵庫、京都)、室戸(高知県)、島原半島(長崎県)、隠岐(島根県)、阿蘇(熊本県)、アポイ岳(北海道)、伊豆半島(静岡県)、白山手取川(石川県)、Mine秋吉台(山口県)の11地域。 

https://geopark.jp/geopark/about

また日本ジオパーク委員会が認定した「日本ジオパーク」が46地域ある(2022年1月現在)。

おしまい

ジオパークの役割の三番目、地域振興(持続可能な開発)の運動をともない、さらに豊かにしようと取り組むことが必須である。そこには地域住民と連携した経済活動が求められる。
その基盤は隠岐地方に形成されつつある(資質がある)。隠岐ジオパークだけでなく、島全体が「なぜ」で動いていることだ。成長を考えるリーダーたちと、共に創る住民のボトムアップが有機的に結合している。

さらに、一人のリーダーがすべての領域のリーダーであるのではない。情況・状態、目的・夢、場所・時間によって、それぞれにあったリーダーが現れる。また、そのリーダーを支えるリーダーマインドのある住民がいる。それが地域に根付いている。

リーダーは、島に永く住んだ経験と実績のある人であり、島に来た新しいアイディアや風を運ぶ新人でもある。

リーダーは、島のために、人々のために、そして未来のために、思考して行動する人全体をさす。
アイディアと行動と責任をともなえばリーダーになり、共感する仲間がリーダーマインドをもってともに行動を応援する。

隠岐地方に来て分かった、この島は「なぜ」でできていることに。そして、そこにはリーダーがいて、リーダーマインドのある仲間がいる。

隠岐には「なぜ」が溢れている。そしてリーダーがその都度現れる。ときに旅で来た私がリーダーになる。誰がリーダーにしたのか。それは一緒に語り・飲むリーダーマインドのある島民の人たちだ。そして一夜限りの酒宴のリーダーになる。

また行きたい。その理由は自然であり、文化・風土であり、人であり、最大は隠岐という『物語』(ストーリー)だ。その物語は、「なぜ」の資質をもち、デザイン(表現)とクリエイト(創造)できるものなら誰でも参加できる物語だ。もちろん協賛者としても。それが隠岐ジオパークの運営に活かされ、かつ最大の財産である。

隠岐諸島や隠岐地域が、ジオパークに認定され、続いているのは、自然や文化や歴史、人だけではない。ここにある「なぜ」という思想と生き様だ。

隠岐は、「なぜ」で溢れている

大満寺山
■隠岐自然館

〒685-0013
島根県隠岐郡隠岐の島町中町目貫の四61 隠岐ジオゲートウェイ2階
電話 08512-2-1583
開館時間 9:00 〜 17:00(最終入館 16:45) 休館日 第2第4火曜日
https://www.oki-geopark.jp/museum/
■書籍紹介

巽好幸『「美食地質学」入門―和食と日本列島の素敵な関係』 
光文社新書(2022年11月30) 860円(消費税別)

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