-闇にしみいり、輝きにとけ、流れにリズムする-
世のなかにも、自然界のなかにも変化しないものはありません。太陽が東から昇り、西に沈むことさえ、46億年の繰返しではありません。太陽自体も、地球自体も常に変化し続けているのです。あなた自身が昨日と同じ朝を迎えることはないように。
ひとつの生命が進化し、滅びるように、自然の一つひとつが変化します。ひとも社会も変化しつづけるのです。
五感で感じるとは、変化を感じることです。
旅に出掛ければ、そっと耳を傾け、目を閉ざして聞き入ってください。時に裸足になって大地を走り、仰向けにひっくり返って自然の息吹を感じてみましょう。そんな大胆な行動が、いままで気づかなかった島根の自然や社会、そして人の温もりに気付かせてくれるでしょう。
飛行機
静寂さえ闇に染み入ってしまう、そんな深い「闇」。暗闇(くらやみ)という「明るみ」の存在を対極に置いた闇ではなく、漆黒の闇という「漆黒」色という色が存在する闇でもなく、五感のもうひとつ先の「闇」。出会ったことありますか。
ずっと昔のこと、奥飛騨の山の中の塀も屋根もない樹木に包まれた天然の大きな露天風呂。屋根だけのほんの小さな脱衣場らしきところで裸になり、薄明るい裸電球の灯を消すと、一瞬にして物音ひとつしない暗闇に包まれました。
底にたまった落ち葉や泥に足をとられ、友の声を頼りによちよち歩きで進みます。
闇は一瞬のことでした。友の「見上げて」の声に空を仰ぐと、先ほどまで闇空だと思っていた空には壮大な天の川が流れ、満天の星空です。北斗七星の輝きは、私たちの存在という位置を教えてくれます。あっちが北。
真っ暗な闇と思っていた露天風呂は闇ではなく、心躍る星空に照らされていたのです。
友の胸の膨らみ、丸いお尻が、闇に縁どられるのでもなく湯面と闇にとけ入るように浮かびあがってくるのです。
「触ってみる?」
闇とは私の思い込みだったのでしょうか。そうではないのです。ここは闇です。光と風と存在がある闇です。友のひと言で、闇のなかに星の輝きも、山の香りも、ひとの存在にも気づいたのです。
その日から、私はあの夜の闇を知らないのです。知ることはできないのかもしれません。私が知る「闇」は、音も光も蠢きもない、ただ生々しい人の「生」という気配が張り付いているのです。
谷崎潤一郎が『陰翳礼讃』のなかで、日本的な美につてこんなことを書いています。
「私は、われわれが既に失いつつある陰翳の世界を、せめて文学の領域へでも呼び返してみたい」
1933年の昭和の初めのことでした。日本的な美が西洋的な美や生活観におかされていく現状に憂いたのでしょう。
その闇とは独立した完全なる闇ではなく、暗さと明るみという対をなした現象の統一を示しています。光と闇としての翳。闇があるから明るさが映える、明るさがあるから闇が萌える。それが日本的な美として、さらには生活観として、価値観として綿々と続いてきたのです。
あの夜、奥飛騨の山の中で体感した「闇」は、君という存在を意識したからこそ一層「闇」として存在したのです。気づかなかったのです、私は闇と明るみのそれぞれの役割という意味と価値を。
君は、闇の中にもしっかり存在している明るみを、何よりも君という美が存在していることを教えたのでした。『細雪』の妙子か雪子のように。
風に揺れる小枝
前置きが永くなりました。
闇に気づくように、ちょっと立ち止まってみましょう。今回は、松江市の神魂神社と八重垣神社での一コマを紹介します。
神魂神社。JR松江駅からバスで20分、タクシーなら15分の松江市南地区にある風土記の丘に隣接しています。
巨大な自然石を積み上げた石段。現存する最も古い大社造の社殿は国宝に指定されています。国造りの神様、伊弉冊大神(いざなみのおおかみ)を主祭神とし、伊弉諾大神(いざなきのおおかみ)を合祀しています。
参拝した神社のなかで大好きな神社のひとつです。これからも変わることはないのでしょう。
石段を上る左手前にある「手水舎」。苔がぴっちり付いた岩の手水と青竹を切った手製の柄杓に、心が清められるとともに穏やかな心持にもなります。私だけではないでしょう。
暫し石段を見上げ、水のおちる響きにリズムを刻むといつしか貴方は古の径を羽ばたいていることでしょう。
神魂神社の手水舎
八重垣神社の拝殿の奥にある「奥の院佐久佐女の森」に向かう手前にあるのが「八重垣御神水」です。
八重垣御神水
八重垣神社は、出雲神話のひとつ、八岐大蛇伝説の主人公である素盞鳴尊と稲田姫命の夫婦神を主祭神として祀っています。
宝物館には、約1100年前の平安時代に描かれたといわれる素盞鳴尊・稲田姫命・天照大神など六神像の壁画が公開されています。国の重要文化財に指定されています
拝殿の左手奥に樹木に囲まれた「佐久佐女の森」があります。砂を踏む足音もいつしか厳かな森に吸収され、静けさにとけ入っていくでしょう。
佐久佐女の森
稲田姫命が姿を写す鏡だった言い伝えがあります。
社務所で求めた一枚百円の占い用和紙に、硬貨を載せて池に浮かべる良縁占いができます。和紙に十円玉か百円玉を乗せ、いつ沈むか、どこで沈むか見守ります。
和紙の良縁占い
本人にとって大層な出会いでも、他人にとっては何処にでもありそうな出会いかもしれません。大げさなことと笑われることさえあります。でも、旅の物語は旅した本人には大切な出来事です。旅の思い出は気長に聞いてあげることがいいでしょう。
お店の割りばしの袋なんか何になるの。入場券の切れ端なんか邪魔でしょう。そんなに写真撮ってもデータ量大丈夫。それも良いのです。
何気ないことに驚くように、後日、捨てた切れ端に後悔するように、何かの拍子に見つかった落ち葉に感動することもあるように、出会いとはそんな小さな喜びと驚きの累積です。
旅先での何気ない挨拶に感動する、小さな親切に心から癒される、それは記録というより心で感じた感性の喜びです。
おしまいに、コロナの中で見学を控えるように指導された子供神輿の映像をお届けします。
やはり貴方たちがいないと寂しいですね。
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