-中国山地の山間や日本海沿いのお寺で鐘の余韻を体感-
昨今、恒例だった夏休みの朝のラジオ体操が、音楽や子供の声が「うるさい」の指摘を受け見かけなくなったが、お寺の鐘の音(ね)も聞くことがなくなった。坊さんの高齢化というよりうるさいからだろう。
風情がなくなったと嘆くのは、お寺の近所に住んでいない者の事情を知らぬエゴだと非難されそうだ。でも夕方の鐘の音(ね)については、地域の自治体や学校と協議して、子供の帰宅の合図として復活してほしい。
島根県にはお寺が1304あります。人口当たりで見ると全国でトップです。うがった見方をすれば、人口が減り過疎化した証でしょう。そんな島根でも鐘の音(ね)を聞くことは少なくなりました。
中国山地の山間の田舎に帰ると、お寺さんにご挨拶した後、断ってから鐘をついて帰るのが楽しみです。なんとも言えぬ感動を覚え、山々を眺めたまま佇む自分に気付きます。
年末の除夜の鐘ではありませんが、百八の煩悩の幾つかから開放されて心地良くなって
いるのでしょう。
全国で7万7千もあるお寺。かつてNHKの『紅白歌合戦』が終わると、直ぐに画面はお寺の鐘撞堂が映り、『行く年来る年』が始まりました。雪の降る寒い夜中に、初詣によく行くよと思ったものです。それでも炬燵で丸くなって寝るのに心地良い子守唄でした。
さて、お寺の鐘(梵鐘)の音、心に残っていますか?
「ゴン~ン」でも「グァ~ン」でもありません。言葉で表記するのは難しいのですが、「グォーンオン~オン~オン~」と余韻を長く引っ張る音の響きです。もっと言えば、消えたかなと思っても「オン~オン~」と光や風に消えるまで繰り返されるのです。音叉の共鳴のようです。
「柿食えば鐘がなるなる法隆寺」。情景を丁寧に想像すれば、柿を一口食べるのでなく、食べ終わるまで響き渡っているのでしょう。
その意味では、『平家物語』の「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色,盛者必衰の理をあらわす・・・・(巻一,冒頭)」で示される『響きあり』は極めて適切な表現といえます。
耳なし芳一の琵琶の音と鐘の音はサクセション(共演)ができるはずです。
鐘の起源は、中国大陸で楽器として造られた青銅製の金属器が原形と言われています(諸説あり)。
殷・周時代に製作され、合戦の合図や祭祀饗宴にも使われた楽器でした。日本で言えば太鼓や法螺貝ですね。やがて柄で叩き、大形となると建屋内に釣り下げました。写真を見ると加茂岩倉遺跡で発掘された銅鐸に似ています。
時刻を告げる合図や戦場での指示の音であるなら、今の鐘のような余韻のある音では明確な指示にはなりにくかったはずです。短音の激突音だっことでしょう。どこかでなんらかな理由で、今の余韻のある鐘に変わったのでしょう。
吉田兼好の『徒然草』の中にこんな一文があります。
「凡そ鐘の声は黄鐘調なるべし、これ無常の調子、祇園精舎の無常院の声なり、西園寺の鐘、黄鐘調に鋳られるべしとて、あまた度、鋳かへられけれどもかなはざりけるを、遠国より尋ねいたされけり、浄金剛院の鐘の声、また黄鐘調なり」
鐘の音は古くから黄鐘調が理想とされていたようです。
黄鐘調とは、「日本雅楽にもちいられる六調子の中の一つで129Hr(ヘルツ)、ハ調のラ音でオーケストラの最初の音合せに用いる音階」(『梵鐘の歴史と音色について」より)で、基準となる重要な音です。
妙心寺,永観堂,天王寺六時堂の鐘がこの黄鐘調を出すといわれています。
どんな音か、NHKアーカイブ【音の風景】、『妙心寺・時代を超える鐘の音~京都~』をご覧ください。(YouTube)
「妙心寺にある日本最古のぼん鐘「黄鐘調の鐘」。国宝にも指定されています。現在は引退し、その音色を再現した二代目が活躍しています。毎日夕方には、太鼓や雲板(銅の板)、そしてこのぼん鐘を組み合わせた「昏鐘(こんしょう)」が境内に鳴り響きます」(音の風景より)。
あらためて『徒然草』の冒頭の「つれづれなるままに、日くらし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかと なく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」。
鐘の音をそこはかとなく聴く吉田兼好と重なる文です。むしろ、鐘の音を意識した布石だったのでしょう。
時代の趨勢に静かになったお寺の鐘の音ですが、もしかすると歪んでしまった人の心を補正する大切な音かもしれませんね。
冒頭にて、「グォーンオン~、オン~オン~」と余韻のを長く引っ張る音と表現したのですが、この音にも秘密があります。
鐘の音は、「アタリ」「オシ」「オクリ」の三つの部分に分けられます。
・「アタリ」
撞木が鐘を打撃した直後の、打音と呼ばれる音です。グォーンという荘重な響きをもち1秒以内で消えます。
・「オシ」
次が約10秒ぐらい続く高い感じの音です。比較的遠方まで届き、離れた所でも聞くことの出来る音です。「遠音」と呼ばれる所以です。
・「オクリ」
最後が、30秒から1分ぐらいの余韻が強弱(うなり)をもって徐々に減衰していく音です。
うなりの周期は1秒に1回から1/3回ぐらいが最適で、うなりが明確に聞こえるのがよいとされています。これがお寺の鐘の音の良し悪しや、好みを左右するのでしょう。
(参考資料、株式会社ナベヤのサイト『梵鐘の歴史と音色について」より)
若い頃、京都の古寺に鐘の音を求めて彷徨ったのも、この余韻に魅せられたのでしょう。
お寺の鐘の音が「グォーンオン~、オン~オン~」と余韻を持って伝わる訳が理解できましたか。鐘の音を聴く機会に出会ったら、ぜひ意識して聞いてください。
お寺の鐘の音の深みが、自然や人々の生活にからみ、まじり、そして余韻という猶予を成すのです。
童謡『夕焼け小焼け』
「夕焼け小焼けで日が暮れて 山のお寺の鐘が鳴る お手つないで みな帰る カラスと一緒に帰りましょう」
どんなに素晴らしいお寺の鐘の音でも、やはり自然や人々の生活のなかで触れるのが一番です。また、余韻は空間と時間の流れと混じることで多彩な響きと情緒に変化するのです。
中国山地の山間に共鳴する鐘の音、日本海の荒波にあがらう鐘の音、青く波立つ田園を眺める鐘の音、家並みの続く細道を伝わる鐘の音など、旅の途中で鐘の音を求めてみませんか。
そこで音の三つの部分を探してみてはどうですか。音はその環境のなかでどのように変化して、その環境に混じり合うのか、貴方の五感で確かめてみましょう。
島根の旅に限ったことではありません。ただ神々の国・島根で、八百万の神々の気配を感じながら、無常なる現世を眺めてみるのも一興かと思います。
上段に構えてお話しする資質はありませんが、神や仏が存在するかどうかの議論の前に、同等の関係で捉えてみませんか。
人類の歴史の中で育成された神や仏に心の拠り所として頼らざるを得ない人もいます。また、無事に終わった一日の感謝を自然に捧げたいと感じる人もいます。森羅万象、互いに関わり合って生きているのです。
お寺の鐘の音を感じてみましょう。
現在でも鐘撞堂があるのか、鐘があるのか、そして突いてもいいのか分かりません。訪ねた折に聞いて頂くしかありませんが、NHKのアーカイブを聴いて、想像してみてください。貴方のいる景色の中を鐘が響き渡ったことを。
『島根国』で取り上げたお寺を紹介します。
・後醍醐天皇が隠岐島に遠島になる前に寄った美保関のお寺 佛谷寺
・弁慶伝説に関わるお寺 清巌寺(松江市)、鰐淵寺(出雲市)
・松平不昧公 月照時(松江)
・清水寺(安来)
・石見銀山のお寺
・雪舟ゆかりの地 萬福寺、医光院(益田)
・銀杏の綺麗な奥出雲のお寺 金言寺
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