― 日々の感謝と出会いの喜び ―
今回は、「出雲の神様」という視点ではなく、神在月に出雲に集まられる「八百万(やおよろず)の神様」についての話である。
「八百万の神」とは数多くの神々という全体を総称する言葉で、具体的に「八百万」を表すのではない。極端に数が多いという意味である。「八百屋」が沢山の品を扱っているのと同じ意味だ。
文献上の記録としては、『古事記』(712年編纂)上巻の「あまの岩戸」の段で、「八百万の神が集まった」と表記されているのが最初だ。
神話の一部をザクっと紹介しよう。
三貴神のひとつの神・素戔嗚尊(スサノオノミコト)が高天ヶ原で乱暴狼藉をはたらくと、姉神の天照大神(アマテラス)は心を痛め天岩戸(あまのいわと)にお隠れになった。そのため世界は闇に包まれた。
天岩戸の前に『八百万の神々』が集まり、大神を誘い出すための策を話し合い、楽しげに大騒ぎして誘き出すことにした。雨鈿女命(アメノウズメ)が桶を伏せ、その上で胸乳をあらわにして激しく踊り、神々が大笑いの乱痴気騒ぎ。外の騒ぎと笑い声に不思議に思った天照大神が岩戸を少し開ける。待ち構えていた手力男命(タヂカラオ)が岩戸を押し開け、大神を外へ引き出した。しめ縄で封印すると、天照大神は戻ることもできず再び光が戻り明るく照らされた。その後、素戔嗚尊は高天原を追放され、鳥上山(現在の島根県奥出雲にある船通山)に降臨し、八岐大蛇退治の『出雲神話』へと続く。
『神話と神々』「出雲神話と神々」より、
「二話 高天原神話 ―さまよえるスーパースター・スサノヲ―」
原本からの意訳ではこうである。
「すると高天原はすっかり暗くなり、葦原中国もすべて闇になった。こうしてずっと夜が続いた。そして大勢の神々の騒ぐ声は夏の蠅のように充満し、あらゆる災いがことごとく起こった。そこで八百万の神々が、天の安の河の河原に集まり、高御産巣日神の子、思金神に考えさせて、常世の長鳴鳥を集めて鳴かせ、天の安の河の川上にある堅い岩を取り、天の金山の鉄を採って、鍛冶職人の天津麻羅を捜して、伊斯許理度売命に命じて鏡を作らせ、玉祖命に命じて八尺の勾玉をたくさん長い緒に通して作った玉飾りを作らせ、天児屋命、布刀玉命を呼んで、天の香山の雄鹿の肩の骨を抜き取り、天の香山のうわみず桜の木を取ってその骨を灼いて占わせ、天の香山の枝葉の茂った榊を根こそぎ掘り起こしてきて、上の枝には八尺の勾玉をたくさん長い緒に通して作った玉飾りを取り付け、中の枝には矢尺鏡を掛け、下の枝には楮の白い幣帛と麻の青い幣帛を垂れかけ、これらさまざまな物は、布刀玉命が神聖な御幣として捧げ持ち、天児屋命は神聖な祝詞を唱えて寿ぎ、天手刀男神(あめのたじからを)は戸の脇に隠れて立ち、天宇受売命(あめのうずめ)は天の香山の日陰鬘を襷にかけ、天の真拙葛を髪飾りとして、天の香山の笹の葉を束ねて手に持ち、天の石屋戸の前に桶を伏せてこれを踏み鳴らし、神がかりして乳房を掻き出し、裳の紐を女陰まで押し垂らした。すると、高天原が鳴動するばかりに、八百万の神々が一斉にどっと笑った」
講談師に唸ってもらいたいリアリティーのある一節である。さて「八百屋の神」は『古事記』『日本書紀』以外にも表記されている。
祓詞(はらえことば)である「天津祝詞」などに「天津神国津神八百万の神等共(あまつかみ くにつかみ やおよろずのかみたちともに)」で登場する。
このように「八百万」とは、森羅万象、あらゆるものに沢山の神が宿り、現れるという日本古来の自然崇拝やアニミズムの考え方に基づいている。

さて、神社仏閣はよく見かけるし、大きなところは年末から正月にかけてメディアでも大きく取り上げられ、旅行雑誌でも紹介されている。ところが、首都圏とりわけ23区内の道端でほとんど見かけなくなったのが、お地蔵さんに道祖神。それに無縁仏と思われる縦長の石。たまに下町辺りで見かけるのが馬頭観音だろうか。それと繁華街の裏通りの隅に書かれた立ちション禁止の「鳥居」のマーク。発祥は京都を中心とした関西らしい。てなわけで、崇めるものとしての小さな神や仏は遠くなった。あわせて神仏は町中だけでなく家からもなくなった。というよりもともと都内の多くの家や団地には神棚も仏壇もない。
戦後しばらくした神武景気(朝鮮戦争時)に、地方から出てきた人々の多くは、家督を継ぐ長男や長女ではなく、家系図も仏壇も持たぬ身ひとつの次男次女達だった。さらには「金の卵」と重宝がられ集団就職で上京した少年少女達。やがて彼らも結婚をして家庭をもって住み着いた。そんな青年や少年・少女も子育てが終了した30年程前、喪中の葉書に気がついた。私はどうしょう、私たちの墓を。マイホームブームの次の課題として墓場ブームが起き、一気に値段が上がった。
団塊の世代の前の戦中派は、マイホームからマイ墓地と、労働力だけでなくローンを背負うことで金融資本に、日本経済に貢献した。笑うことではない。盆暮れには規則正しく律儀に実家・親戚・近所への沢山の土産の品々と孫を連れて帰省し、しっかり仏壇に手を合わせ、お墓に頭を垂れてきた。正月には神社に参拝し、家内安全・世界平和を懇願した。こんな習慣と風土が、神様や仏壇や墓を身近なものにした。神様や仏様はご先祖様と一緒にいた。
退職後に墓地でも買おうとする。ところが子供が反対する。パートナーも大反対。そんな辛気臭いものを。お墓買っても行かないよ。私は一緒に入りたくない。家族葬で散骨すればいい。それも一つの考えだ。
家族が消えていくように仏壇や神棚という考えも消えていく。そういう私さえ必要とはしてこなかった。御神籤引いても神社に置き、お守の買っても返し、両親の命日に気づいても田舎の方向に手を合わすだけ。

そんな気持を振り返り、師走、ひとり旅に出た。近郊の人里離れた古びた温泉場に。ちょっと贅沢しようと思ったが、長年の節約精神が蠢いて、老舗というか老朽化の甚だしい格安の旅館に泊まる。
「ようおいでました」と通された部屋は、障子も日に焼けて、畳も使い古された歯ブラシのように毛羽立っている。どことなく線香の香りさえした。「お香ですよ」といわれても、それならばファブリーズにしてくれと、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。そうだ、孫から「おじいちゃん臭い」といわれた言語としての加齢臭(自分は分からない)を思い出す。自分だけは綺麗だと思い込んでいるだけだ。
「食事は何時に、お風呂は温泉です。今日は露天風呂もあります」
言わなきゃいいのに、正直者の仲居さんだ。聞けば、地元で生まれ育ち、この地を出ることなく結婚し、そのまま義母の代からお世話になっている旅館で働いている。
ちょっと散歩に行くよ。「なーも、ありませんよ」。それでもあるだろう。例えば古い神社とかと尋ねれば、「ありましたが、土砂崩れで今はありません」。地図にあったよと問い返せば、「それは昭和にできた神社です。あの頃は芸者さんも百人もいましたわ」。
温泉場の神社のほとんどは、大国主命と少彦名命を祀っている。
「行春や鳥啼魚の目は涙(ゆくはるやとりなきうおのめはなみだ)」と呟いて、孤独の旅人を演じると、「お客さん、今は冬ですよ」。わかっとるわいと心のなかで呟いた。「芭蕉でしょ。たまにいらっしゃいます」。期待される人間形成に向けての画一的な詰め込み教育の成果だろうか、浅はかな老人は同じ浅智恵の言葉を呟くようだ。ここでは、受験用の基礎的な学力をさらけ出さないほうがいいと肝に念じる。

神社があったという場所は、ただただ草木深く生い茂る荒れ果てた斜面だった。本殿も鳥居も、狛犬も、石段も、なんの面影もない。昭和にできた神社でもと川沿いに上るとスギ林のなかに一軒、朽ち果てた平屋の建物らしき翳を見る。腐れ果てた杉塀の面に、はげ落ちた微かなペンキ文字を見る。「ス」だろうか、あるいは「ヌ」だろうか。「ス」ならば、「ストリップ小屋」、「ヌ」ならば「ヌード・スタジオ」。どちらにしても昭和的な発想でストリップ小屋を想像する。
かつて温泉場で意味深に囁かれた話を思い出す。そう一点の曇りもなく。(あれは親子だよ)と、露天風呂で座敷ストリップの噂を聞いた。(訳ありのおなごでな)と、土産屋のトイレで聞いた。(元は旅館の若女将らしいが)と、射撃屋で聞いた。秘宝館に似たおどろおどろしく、神秘めいていて、謎めいている。聞けば聞くほど、その話、つげ義春の漫画に似ていた。私も田中小実昌の小説を真似て話したような記憶がある。
貸し切りの観光バスが、轍によけた私の横をスピードも落とすことなく過ぎていく。この先の山を越えたところにある復活した温泉場にでも行くのだろう。これみよがしの白い車体が寒々しい。
「どこに行くかね」と土手の上から丹前にダウンコートを羽織った老父に声をかけられた。あてもない旅ですよと斜に構えてみせる。「木枯し紋次郎かね」とヒヒと笑う。そういえば、紋次郎は上州新田村三日月村のうまれだ。お爺さんは、国定忠治の子孫でしょうと負けずに言い返す。「赤城の山も今宵限りだ。可愛い子分達とも別れ別れになる門出」と棒を振る。子どもの頃はこんなお爺さんが必ずいた。芝居好きで、長谷川和夫か大川橋蔵になり切っている。親分と声をかけ、あそこはストリップ小屋でしたかと問う。
「儂は小屋のもぎりになりたかった」と小径を降りてきた。「一条さゆりに谷ナオミも、池玲子も、田中真野と白川和子もきた」。あの伝説のストリッパー一条さゆりに、大蔵映画の谷ナオミ、東映映画の池玲子、そして日活ロマンポルノの大女優の田中真理と白川和子がと問い返す。「うそだ。全部嘘だ」
爺さんはひげた笑いの口元に両切り煙草をくわえると、徳用マッチで火をつけた。
「一条さゆりは本当だ」
昭和の好景気、今はない神社の祭りの日だった。近郷近在の村人だけでなく町からも、さらに温泉客も駆けつけて長蛇の行列ができ、何度も何度も上演された。若かりし爺さんも「拝みに行った」と笑ってみせた。
「お隠れになった天照大神を誘いだすため天の岩戸で踊った神様、知ちょうか」。雨鈿女命(アメノウズメノミコト)です。「そうだが、女の神様だ。一条さゆりはそげな神様の生まれ変わりだった」
ストリップ小屋の手前にある大きな石を棒で差し、「あそこに座ってな、みんなと握手した」と手を頬ずりして笑む。至福の微笑だ。「さゆり石、儂の生き神様だった」
「おじいちゃん、帰りましょ」中年の女性が駆けてきた。訪問介護士だと言う。急にうつろな視線をする老人の背中を撫でながら「何かいいことあったの」と問う。口元が笑っている。ボケた振りする爺だ。
元来た道を戻りさゆり石に座った。神様の石に座るとは罰当たりなことだが、座りたかった。この角度で見る男たちがどんな顔をしていたか。きっと少年のような神妙な顔だろう。桶の上で踊る雨鈿女命を神様はどんな顔で見ていたか。笑って大騒ぎをしたのだから滑稽で締まりのない顔だろう。
コートのポケットから取り出したカップ酒を石にかけ、ほんの僅かな残り酒を飲む。坂の上から爺さんが介護士の手を借りて棒を振っている。
騙されたかもしれない。「ス」は通行車両に対する「ストップ」「スリップ」で、ストリップ小屋でないかもしれない。一条さゆりも作り話かもしれない。この石も只の石かもしれない。しかし、どうでもよかった。この石にも八百万の神様が鎮座している。
一条さゆりに芸能の力を授けた「雨鈿女命の石」と命名した。ご利益は「老いても愛する」八百万の神さまがいらっしゃる石とする。
(まだまだもてますように)。二礼二拍手一礼した。見上げた土手の上で若かりし爺さんが踊っているような気がした。

八百万の神とは、数えきれないほど無数に存在する神様の総称で、山・川・海・風・光などの自然現象、木や石に道など自然の創造物、さらには家の中の竈や便所など衣食住や身の回り、産業に関わる事や国土開拓に、祖先や偉人の霊など、ありとあらゆる森羅万象に神が宿る日本古来の考え方(アニミズム)である。
旅で会う神社仏閣の神や仏だけでなく、その地の自然現象や歴史・文化・風土、さらには民俗に存在する八百万の神様がいる。そんな森羅万象に触れてみて、通り過ぎるのではなくわき道に逸れ、ちらっと眺め、その地の神様を想像してみるのも楽しいものだ。
身体の芯まで癒される温泉の湯にも、美味しくいただく食事にも、心地好く酔いしれるお酒にも、悲しくなって眺める景色にも、耳をすまして聞き入る風にも神様がいらっしゃる。
形のある御朱印帳だけでなく、貴方の心や脳にある思い出と感謝という御朱印帳に、八百万の神様の御朱印を押してもらったらどうだろうか。書きあがるのを待つことも、五百円払う必要もない。それに、思い出だけでなく、きっと貴方を幸せな気持にし、かけがえのない感謝というご利益をもたらすことだろう。八百万の神様の御朱印帳は、貴方の、貴方による、貴方だけの御朱印帳だ。
島根に限ることなく、全国の地を旅し、「心の御朱印帳」に感謝という印をつけてほしい。
もちろんそこには、八百万の神様がいて、貴方が感謝することで、またひとつの神として成り、神在月の秋には、出雲の国へと旅立つことが出来るはずだ。


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