当サイト『島根国』の開設時より掲載をお願いしている『島根の昔話』の五話が、ケンブリッジ大学の図書館に収蔵され、webサイトにも登録された。
英語、アラビア語、スペイン語、フランス語、ウクライナ語、ドイツ語の6カ国語に翻訳されている。是非ご覧頂きたい。

酒井氏が数年前に送られた昔話が実現することとなった。
掲載された昔話は次の五話。
①『大判が怖い話』松江市八束町・足立チカさん(1894年・明治27年生)
②『むすびを食べた地蔵様』鹿足郡吉賀町・小野寺賀智さん(1890年=明治23年生)
③『海老と大鳥』浜田市三隅町・西田丈市さん(1893年=明治26年生)
④『若返りの水』隠岐郡知夫村・小泉ハナさん(1890年=明治23年生)
⑤『地獄と極楽』隠岐郡海士町・前田トメさん(1914年=大正3年生)
当『島根国』と同様に、サイトと一話ごとにQRコードもつけられ伝承者の声が聞ける。また福本隆男氏のイラストつきで、A5判で42ページの分量にあたる。

掲載の件を酒井氏に連絡された神奈川県逗子市の石川千氏の話を、ご自分のエッセイの中で紹介されている。
「イギリスで子どもたちに島根の昔話を話すと、次々と話をせがまれるという。子どもたちにとってどこの国でも昔話は興味深いものらしい。なるほど昔話は祖先たちが語り継いできた無形民俗文化財なのである。おもしろくないはずがない。こうして子どもたちが大きくなれば、次々語り手になり、また子どもたちに語り継いでいく。このような連鎖が続いてゆくのであろう」
丁度、NHKの朝ドラで小泉八雲のパートナー「セツ」をモデルにした『ばけばけ』が放送されている。『怪談』話を聞くシーンが放送されたが、そのなかでこのような発言があった。
怪談話をトキがするときに読むのではなく、「トキ(セツ)さんの話を聴きたい」とヘブン(小泉八雲)が要求する。
まさに昔話の原点ではなかろうか。
言語化されて書物にすることも大切である。その書籍を読むことも素晴らしいことである。しかし、その一方で、過去から語り継がれてきた昔話や怪談、さらに神話には、口頭伝承する人の人柄や考え方、そして生き様や思いが現れるものである。むしろ、そこに語り継がれてきた意義と意味がある。
さらに言えば、語り部の素晴らしさがあってこそ現世まで語り継がれてきたといえよう。面白くない話は淘汰される。ただ残念なことは、面白くない語り部によって時代という流れに飛沫の如く飛び散り消えた話もあるということだ。

酒井氏に連絡された石川氏は、次のように提案される。
「『資料は手元に残っているので、せっかくならば我が国の和紙で印刷した本にして、ケンブリッジ大学の図書館に複数冊送るようにしたらどうかと思います』と話しておられた」
墨と和紙、そして紙縒り綴じ。お金はかかることだが、日本文化を伝える意味では有意義なことである。他方、異国の子供たちに、囲炉裏を囲んで老人の昔話を、あの島根独特のぼそぼそとしたずぅずうべん弁の口調と、語尾に消えゆく穏やかなイントネーションで語りを聞いてもらいたいものである。
英語も知らぬセツが、日本語の分からぬ小泉八雲に、「伝える」という思いで語り続けたように。
保存と伝承。保存はデータ化されることで継承されるが、伝承は時代や文化の影響を多分に受ける。むしろ受けることに意味がある。
重いテープレコーダーを担いで始まった酒井董美氏の収集と保存と言語化は、非常に意義深いことであることを改めて認識した。
そういえば、小学低学年の1960年代前半のことだ、近所の爺さん(明治生まれ)が、山奥を回っては聞き写した昔話や戦国武将談に地名の謂れ、さらには言い伝えを話してもらった。それは大学ノートにB2の鉛筆で縦書きに丁寧に書かれていた。1円で2個の黒くて大きい飴を舐めながら聴いたことが思い起こされる。
あのノートが現存したならば。非常にもったいないことをしたものだ。


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