• ~旅と日々の出会い~

石見銀山発見500年、『出雲國風土記』編纂1300年、弁慶没後850年物語 ― 古(いにしえ)への旅衣を整えるご案内 ―

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『出雲國風土記』が編纂され奏上されたのが733年(天平5年)、弁慶が没したのが衣川の合戦の立往生1189年(文治5年) 、石見銀山が発見されたのが1527年(大永7年)のことです。

『出雲國風土記』編纂から1300年目が2033年、7年後です。弁慶没後850年目が2039年、13年後です。石見銀山発見から500年目が、来年2027年のことです。

これらのことを介して多くの人々が島根県に関心を抱き、そして島根への旅立ちに繋がればと念じて、島根国超大型企画『古の旅衣』を連載することにしました。まずは緊急テーマ、石見銀山発見500年から始め、随時、『出雲國風土記』編纂1300年、弁慶没850年慶讃法要(けいさんほうよう)を発信します。


石見銀山

「夢は夜開く」だけでなく、朝に夕に、昼にも開く

宇多田ヒカルの母である藤圭子の歌『圭子の夢は夜ひらく』ではなく、『島根国』の夢は開きっぱなしです。ちなみにこの歌は1970年3月のことです。

というのも、私たち『島根国』がテーマとする出来事は、『出雲國風土記』、弁慶、石見銀山以外にも、松江城築城1611年、七尾城1193年、津和野城1295年、浜田城1620年、日御碕灯台1903年、美保関灯台1898年、木次線スイッチバック1937年等々限りなくあります。

そんな地域活性化につながる出来事に深く関わり、そして百花繚乱のごとく花開きます。それによって日本のみならず海外の方など多くの人々の目に触れ、好奇心を刺激し、島根への旅へとアクションを起こすことを夢見ています。

『島根国』の夢は開きっぱなしの意味もご理解いただけると思います。

島根の国の原点である「人と人」で考えれば、常に、どこでも、なにかしらの記念日があり、その記念日に織りなされているといえますね。

  出雲國風土記
弁慶生誕の地

地域行政と地域の皆様と

記念すべき出来事を地域で大切に楽しむのもよし、多くの人々に紹介して共に楽しむのもよし、またこれをご縁に盛大に仕掛けるのもよし。それは地域の人々の心次第です。

ただ、注意すべきことは一過性の出来事で終えないことです。事前に準備するように長く続けてほしいものです。そして「温故知新」の心です。過去だけではなく、今、そして未来を意識してほしい。(大きなお世話かもしれませんが)

私たちは、時間と費用のあるかぎり皆様の元をお訪ねし、お話をお聞きします。あわせて皆様からの情報や資料の提供をお待ちしております。

美保関灯台
日御碕灯台

石見銀山 世界遺産

石見銀山がユネスコ世界遺産に登録されることには賛否両論がありました。それは石見銀山だけのことでなく、いろんな所で議論されています。観光か、それとも自然や生活の重視か。生活様式や価値観にも関わってきます。また社会や経済的仕組みを長期で考えるか、短期で考えるかでも異なります。

かつては経済成長重視で自然破壊が実行されました。現在でもソーラーパネルで壊滅的な状態に追い込まれた自然もあります。それは日本に限らず世界的な問題です。いち資本や国の利益でなく、地球環境を含んだ人類の課題でもあります。

机上論と笑われるかもしれませんが、経済成長か自然や生活の保護かは対立矛盾ではなく、かならず止揚(単なる妥協ではなく、より高次な段階で新たな価値や統合を見つめる)できる道があると信じています。

今年は石見銀山が登録されて20年です(2007年7月)。すでに準備もされていることでしょう。もちろん先ほど述べましたように賛否両論があります。

まず私たちも、私たちの特徴を生かした紹介を行いたいと考えています。

さて、かつて取材した石見銀山の麓の町・大森町の再生に頑張ってこられた二つの企業を紹介します。すべて当サイトで取材させて頂いたものです。まず、このコーナーをご覧ください。群言堂さんと中村ブレイスさんです。あわせて書籍数点を紹介します。ご覧ください。

■webサイト『島根国』の『地域創生の活動』のコーナー

参考書籍
・『石見銀山』(別冊太陽)、『石見銀山史伝』田中博一、『輝山』澤田瞳子、『しろがねの葉』千早茜
・『登美さんがつくる、つくろう、私の人生』松場登美
・『500人の町で生まれた世界企業―義肢装具メーカー「中村ブレイス」の仕事』千葉望
津和野城からの景色

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小泉八雲「生霊」
小泉八雲「雪女」
小泉八雲「雉子のはなし」

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