• ~旅と日々の出会い~

『砂の器』亀嵩上映会から「木次線まつり」へ ―書籍「『砂の器』と木次線」と『VIVANT』が提案するコト―

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中国山地を挟んで、島根県宍道駅と広島県備後落合駅を繋ぐ木次線。その沿線(奥出雲町、雲南市)各地で映画『砂の器』の撮影が行われた。

後半30分の結末を映像と音楽で描きだす。自然と人間の織りなす映像で描く社会への憐憫と時代への慟哭。言語と解釈を捨象し音楽で切り込む追憶と悔恨。そこであらためて木次線沿線の映像が重要な役割を果たす。

パンフレット

「聖地」亀嵩は『砂の器』とどう関わってきたか?(村田英治)

「『砂の器』亀嵩映上映会」紹介の前に、この上映会に向けて活動されてきた村田英治氏の【「聖地」亀嵩は『砂の器』とどう関わってきたか?】の紹介文を読んでいただきたい。小説と映画『砂の器』の誕生・撮影の秘話とともに記念碑建立から現在までの歴史と「亀嵩」の意義と意味を解説する。

【「聖地」亀嵩は『砂の器』とどう関わってきたか?  村田英治】
(「木次線と産業遺産」『木次線の思い出 ― 貴方が、私がいた ―』)

『砂の器』における亀嵩を理解して頂けたと思う。

映画『砂の器』上映会

映画『砂の器』は、『砂の器』の舞台ともなった亀嵩で下記の日程で上映される。あわせて企画展示(無料)も実施される。

展示内容・『砂の器』と奥出雲を深く知る・ハンセン病を正しく理解する啓発パネル・仁多米と世界農業遺産・『砂の器』ロケ風景と松本清張。


●日時2026年10月17日(土)※2回上映(入替制)
1回目・13:30~(開場13:00) 2回目・17:00~(開場16:30)

●会場 亀嵩温泉 玉峰山莊(玉峰交流施設)
島根県仁多郡奥出雲町亀高3609-1

●定員 各回100人

●チケット 一般1,500円 高校生以下1,000円(税込)
※前売券のみ、当日券なし
チケット販売(電話での予約・取り置き可)開始
窓口/亀嵩温泉 玉峰山荘(受付10時~15時) 0854-57-0800
亀高観光文化協会 090-7596-6079

●主催 『砂の器』特別上映実行委員会(事務局:亀嵩観光文化協会奥出雲『砂の器』友の会)
後援/奥出雲町 奥出雲町光協会


『砂の器』記念碑

映画『砂の器』

映画『砂の器』は、監督 野村芳太郎、原作 松本清張、脚本橋本忍・山田洋次。出演 丹波哲郎 加藤剛 森田健作 加藤嘉 緒形拳、松竹株式会社/橋本プロダクションによって制作された。1974(昭和49)年公開 上映時間143分。

映画への解説・評価は多岐にわたる。『島根国』サイトでも何度か紹介した。

「文芸のあやとり」、【晴『交』雨読(島根関連の書籍紹介)】にて、「『松本清張が「砂の器」を書くまで』山本幸正― 新聞連載小説か、書籍か、映画か、それぞれの世界―」

共通して言えることは、松本清張の小説『砂の器』と映画『砂の器』はまったく異なる。むしろ異質の作品である。小説がロジックと構造による提起と読者の想力像ならば、映画は創作・提供と鑑賞者が生み出す共感と創造である。

一回でも見たものが時を超えて感動するのは、物語ではない。人の感性を突き動かし知らしめる音楽と映像による表現である。そうであるが故に、あらためてハンセンス病と偏見、人の生き様と情熱を再認識する。
今回の上映では「半世紀前の懐かしい風景」を「35ミリフィルムによってスクリーンによみがえる」情景も歓喜してほしい。また、亡き俳優たちの名演技、方言の使い方、慟哭と憤怒と懺悔にも時代という特殊性を感じていただきたい。

書籍「『砂の器』と木次線」

『砂の器』は、秋田県由利本荘市(旧岩城町)の羽後亀田(うごかめだ)と 奥出雲町(旧仁多町)の亀嵩(かめだけ)の東北弁とズーズー弁(出雲弁・仁多弁)のイントネーションが、第三者から聞くと同じだという先入捜査から始まる。

読売新聞・夕刊での連載開始が1960(昭和36)年。東京―大阪間の新幹線開通(1964年)する前のことである。
東京生活者から見れば、中国山地の仁多町(現奥出雲町)よりも、東北・秋田が観念としてはるかに近かい。あるいは殺人事件が起きる「蒲田」に、東北出身者が多く暮らしていた時代性もある。

清張にとって新聞小説連載という大衆向け小説家としての大きなチャンスとして。読売新聞は購読者数トップの座を狙う重大戦略として。両者の目的とターケツトは一致した。朝日新聞購読者層とは異なる首都圏のブルーカラー層の獲得である。彼らをいかにして引き付けるか。

清張の父が奥出雲町に隣接した鳥取県日南町の生まれであることにヒントを得たのだろう。清張の創作一歩は、東北の亀田ではなく、東京からは未知の奥出雲のズーズー弁の「亀嵩」に近い東北弁を探すことだった。

東北に比べるとあまり知らない島根の山の中は、読者の関心と好奇心を煽った。その意味ではズーズー弁と東北弁であれば、亀嵩と亀田でなくてもよかったかもしれない。しかし、亀嵩であったことが映画『砂の器』に幸いする。

鉄道小説を得意とした清張。海外旅行もままならぬ1960年代。旅は国鉄の国内旅行で、首都圏の新婚旅行が熱海の時代である(その後、九州を経て未知の北海道への旅が広がる)。ローカル線「木次線」は見知らぬ世界への想像を掻き立てた。亀田の「羽越本線」よりも、赤い紙の「中央線本線」よりも、ローカル線の木次線は推理小説の神秘性と醍醐味を具現化する。

映画『砂の器』では、木次線の言語(方言)のイントネーションと、自然の風景、そして風土と人情に、監督の野村芳太郎、脚本の橋本忍・山田洋次はこだわった。出演の丹波哲郎や緒形拳も奥出雲の風土と風習にとけ込もうとした。

今回の上映会のメンバーである村田英治氏は、著書「『砂の器』と木次線」で、木次線と『砂の器』のエピソードや役者と住民との出会いを分析し、またご自身の木次線沿線で過ごした体験をベースに紹介する。

『島根国』にも木次線と『砂の器』への思いを寄稿して頂いている。

文化産業遺産 木次線』「木次線の思い出 ― 貴方が、私がいた ―」コーナー、

『木次線の思い出(村田英治)』

小説が高度成長期へと向かう1960年代前半、映画化がオイルショックの1970年代前半。書籍や映画に飢えた1960年代に対し、1970年代は邦画や書籍が衰退しだして洋画や写真集が主流になる時代でもあった。
また国鉄の「美しい日本と私」の「ディスカバージャパン」がはじまり、日本を、地元を見直す風潮(首都圏から地方へ、大衆から小衆へ)、自分の知らない日本、原点へと向かう新しい感覚が萌芽しだした時でもあった。

当然、演出者や役者の意識も清張の『砂の器』時代とはまったく異なる。その時代変化のなかでの役者や演出者の行動や深層心理、こだわりを村田英治氏は「『砂の器』と木次線」のなかで表現する。(緒形拳に代表される)

『島根国』でも、「文芸のあやとり」、【晴『交』雨読(島根関連の書籍紹介)】で書籍の紹介をしている。

「『砂の器』と木次線」 記録から共存へ― すべては出会とコミュニケーションから ―」

『砂の器』と木次線 表紙

TBSドラマ『VIVANT』

『VIVANT』のについては放映中なので、内容は割愛する。奥出雲町と深い関わりのある監督の福澤克維氏は、奥出雲地方だけでなく松江や出雲、近隣の県の生山でも撮影を行った。

亀嵩での映画鑑賞と合わせ、『砂の器』と『VIVANT』のロケ地散策も推薦する。

『VIVANT』の最大のロケ地といえば、乃木憂助(堺雅人)の出生の地である「櫻井家」である。櫻井家はたたら製鉄三大鉄師のひとつで、家屋は重要文化財に指定されている。また祖先は戦国武将の塙団右衛門で、家屋に併設した可部屋集成館にたたら製鉄の歴史と共に展示されている。
乃木の青春時代の思い出として、鬼の舌震などでも撮影された。地元にはロケ地紹介のパンフレットもあるので参考にして見学して頂きたい。

清張の父が奥出雲町に隣接した鳥取県日南町の生まれであることは既に述べた。この日南町を走るのがJR伯備線の「生山」駅。奥出雲町の横田駅から日の丸バスを乗り換えて行くことができる。その関係かどうかは定かではないが、ここでもロケが行われたのも因縁深い。

なお、福澤克維氏はTBS系ドラマ中居正広・渡辺謙主演『砂の器』の制作・演出も手掛けている。福澤克維氏の深層の中には、奥出雲の鉄道とバスで繋がる人と人の関りが刻まれていたのかもしれない。そんな推理も含め、奥出雲地を散策して頂きたい。

櫻井家

ネクストアクション『木次線まつり』へ

2022年から、木次線の完全継続の維持を願い、10月と12月にJR木次線の木次駅前のチェリヴァホールにて「木次線まつり」が開催されている。
一昨年はコミックス『さかねとつむぎとキスキ線』クラウドファンディングの宣言、昨年は完成本の配布が行われた。あわせて映画『砂の器』や『銀河鉄道999』の上映もあった。この祭りは、木次線という課題を核に地域活性化の策として取り組んでいるところが重要である。この祭りと『砂の器』も深く関わっていて、上映会のコンセプトと方向は重なる、この鉄道を大切にする。

なお、木次線が完全開通し広島へとつながったのが1937年(昭和12年)12月12日のことである。

木次線まつり、シンポジューム風景

おしまい

有機質も物質も、それが観念でない限り、いつかは滅び、消滅すものである。修正・補強し、あるいは修復して形や質を変えながらも本質を継承するものもある。今回の映画『砂の器』がそうである。

しかし、多くは消えてなくなる。だからと言って、私たちが共存する自然や、暮らす地球を滅ぼしてはならない。未来の世代に、そのまた次の世代へと永遠に存在そのものを継承しなくてはならない。私たちの義務であり世代との約束でもある。かつ我々の存在理由でもある。

今回テーマとした木次線も、赤字区間として「一部廃線」の提案がだされている。経済的理由からすれば株式会社として当たり前の選択かもしれない。しかし、株式会社だからと自己都合で破棄し、あるいは諦めていいのだろうか。木次線の社会的な役割、社会的ベネフィット(価値)から考えるとどうか。その意味でも『砂の器』という作品があり、多くの人々の出会いがあった。

対立を強調するのではない。一部廃線と反対の折衷案でもない。存続に向けての代案はないのだろうか。それにむけての検討はできないだろうか。

そのひとつが地元の人々の旅行者への手を振る運動であり、木次線利用等の施策と活動などである。そのひとつが映画会でもある。

映画『砂の器』からひとつの問いを見つけた。「木次線が一部廃線になったら木次線沿線はどうなる」

消費税3%がいつのまにか10%になった。マーケティング理論に「フット・イン・ザ・ドア」という心理的施策がある(押し売りや悪質な訪問営業のやり方)。最初に小さな要求を承諾すると次の大きな要求にも承諾してしまう心理。抵抗が少ない。

木次線のない町を想像しよう。マイカーやバスだけで輝く町を想像できるのだろうか。そして次の問いにもなる、木次線だけで町の活性化が想像できるだろうか。

映画『砂の器』上映も、書籍『『砂の器』と木次線』出版も、ドラマ『VIVANT』も、そして『木次線まつり』も共通した深層への問いは、過去を振り返ることで未来をどのようにイメージするかだと考える。

人類のもつ素晴らしい脳力のひとつが、まだ見ぬ未来をイメージすることだ。そしてそのイメージを形にする協業という力だ。

『砂の器』の映画祭が、いろいろな出来事と重なり、手を組み、何か新しいものを創造し、新しいことを起こす一歩になるのではないかと想像する。もちろん、それは『島根国』にも言えることだ。

上映会に向けて頂いた村田英治氏の文章(最初に掲載した文)は、存続し続けるだけでなく、変化と仲間との共創を伝えているのではと考える。

『砂の器』の亀嵩上映会は新たな出会いと総意を創りだすことだろう。参加をお願いする。

木次線


「聖地」亀嵩は『砂の器』とどう関わってきたか?」へ


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