― 小説の舞台にならない町 ―
『松江 文学への旅 新装増補改訂版』。編者・藤岡大拙、発行・ 松江観光協会、発行日・2013年3月31日、定価・1200円(税別)、新書。
五木寛之は『地図のない旅』のなかで、松江を次のように表現している。
「松江は永遠に静かなくすんだ町なのだろう。上品といえば上品だが、それだけになまなましい人間悲喜劇のエネルギーは外目には感じられない土地だ」
以前も、五木寛之の随筆に絡めて松江の町を『島根国』でも紹介した、「友、遠方より来たりて盃を交わす『古希』の集い」で。私が松江の高校に通う1960年代の作品のだ。
今から60年から70年も前の松江を思い浮かべてみると、くすんでいただろうかと考え込んでしまう。確かに晩秋から春にかけ松江の空はくすみ重厚感があった。それを山陰地方独特の冬空と言った。初夏から晩夏にかけては透き通ったスカイブルーで、重苦しい感覚を解き放ってくれた。
くすんだという表現は、うなぎの寝床を思わせる入り口の間取りは狭いが奥へ奥へと長く続く家屋や、木造建築そのものの色にも原因があるかもしれない。また出雲人独特の語尾の消えるようなもごもごとした話し方もあるかもしれない。
しかし、外から来た人(五木寛之)や多くの作家には、「なまなましい人間悲喜劇のエネルギー」を感じることが出来ず、創作意欲を掻き立てられることはなかったようだ。その証拠を本書の編者である藤岡大拙も指摘する、「小説にならない松江」と。そしてその背景となる歴史と文化を紐解く。
出雲市(出雲地方と出雲市は違うことをお調べ願いたい)に生まれた藤岡大拙は、京都で学生時代を過ごし、再び郷里に戻ると住職であるとともに教育と文化活動に邁進され、『出雲学』をはじめ多くの書籍がある。
当サイト『島根国』でも『文芸のあやとり』で「島根つれづれ草」を執筆して頂いている。また、当コーナーでも著書『出雲人』を紹介させて頂いた。あわせてご一読願いたい。
本書では松江を舞台にした文学作品を紹介しているが、随筆や紀行文が大半で、小泉八雲の『神々の首都』、志賀直哉の『濠端の住まひ』、島崎藤村の『山陰土産』等々で、小説は村松友視の『時代屋の女房 怪談篇』だけだ。なお、これも書評で紹介しているのでご一読願いたい。
さて、小説になりにくい松江の理由を、編者の藤岡大拙は、五ページ分ほどの文章「受容の美学―序にかえて」で簡潔に述べる。これが非常に面白い。藤岡大拙の『出雲学』を垣間見ることが出来る。
藤岡大拙は、五木寛之の「なまなましさ」を感じられない松江を引き継ぎ、「いかに美しい湖や掘割があっても、そこに住む人間になまなましい生の営みが感じられなければ、小説の舞台にはなり得ないだろう」と述べ、その原因を松江の町の歴史に求めた。
「松江は、城も町も地名も、すべて他所者によって作られ、そこに住む庶民だけが土地の人間だった」
外部者に侵略・支配された「敗北の意識」。その意識が創りあげたものこそが「受容の美学」であると分析する。それが時として明治維新前後あらわになった優柔不断な姿勢と、勝利者へと靡く迎合であるかもしれない。
松江に内在する「受容の美学」を文人たちは見抜けず、風景を眺めて喜ぶ一介の旅人で終始したがゆえに随筆や紀行文しか書けなかったと総評する。逆に言えば、風景はそれほど文人の感性にしっくりしたのだろう。
「受容の美学」は京都の庶民に感じる。ただ京都は公家や権力志向の武士や僧侶、さらには上級商人たちの美学が強すぎるばかりに薄れただけで、京の本質的な文化は、京の辻に暮らす庶民によって育まれた「受容の美学」ではないかと思う。それはしたたかさとともに。これについては、学生として京に暮らした藤岡大拙にお尋ねしたいところである。
では「受容の美学」とはなにか。そこはこの書籍を購入してほしい。
「受容の美学」と同じで、時に松江は第三者によって作られた「箱庭」に見えるときがある。作られた美しさ、生活の痕跡の一部を切り取った空間。さらにはそれを良しとする関係性。それこそが、外部の者によってつくれた松江かもしれない。
いろんな見方があるが、旅する人も、仕事で出かける人も、そして移住希望人も是非、読んでもらいたい一冊である。
残念なことは、島根でしか購入できないことだ。このあたりが「宣伝力」に欠けた出雲人らしいところである(藤岡大拙著『出雲人』より)。
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