目次 序 弁慶伝説のはじまり 壱 弁慶誕生の巻 三月三日桃の節句 弐 弁慶成長の巻 強い弁慶には訳がある 箸休み 弁慶・義経・静御前の『四都伝説』(松江・京都・鎌倉・平泉) ①伝説に向かいし群像たち ②一瞬を駆け抜けた群像たち 参 弁慶凱旋の巻 義経の元を離れた訳は 箸休み 弁慶・義経・静御前の『四都伝説』(松江・京都・鎌倉・平泉) ③『四都伝説』の意義 ―旅の心得― 四 弁慶、義経、静御前、北帰行の旅路(義経北帰行の道) 五 弁慶、義経、静御前、北帰行の旅路(義経飛翔伝説の道) 跋 弁慶、義経、静御前、永遠に
皆様、ご存知でしたか? 松江生まれの武蔵坊弁慶伝説を。
京都五条の橋の欄干で「牛若丸」と対決して以降、源義経様と行動をともにした「弁慶」。その弁慶は現在の松江市、中海に面した枕木山の麓で生まれました。
島根に残る弁慶の伝説を、遺跡の紹介を含めて三話と顛末に分けて紹介します。
一話は、「弁慶誕生」。母の名は「弁吉」。弁吉は紀伊國・田辺生まれ、良縁を求めて出雲國を訪ねました。父親は何処よりか来た天狗のような山伏です。
二話は、悪戯が過ぎて村人に捨てられ、寺を渡り歩いて学問と武道を身につけ、一振りの刀を持って旅立つ「弁慶成長」です。
三話は、源平合戦での圧倒的勝利の後に、源義経の命で帰郷した「弁慶凱旋」です。
誕生秘話とともに語られる人生の顛末、義経や静御前の関わりをお楽しみください。
その前に、弁慶と源義経と静御前について少しお話します。
みなさん、弁慶の話を聞いたのは何歳で、どんな話でした。
世代によって異なるでしょうが、私は幼稚園の時、オルガンに合わせて歌った童謡『牛若丸』と先生が読んだ紙芝居です。紙芝居の絵は忘れました。ところが歌詞とメロディーは鮮明に憶えています。今でも歌えます。
「京の五条の橋の上、大の男の弁慶は長い薙刀ふりあげて、牛若めがけて切りかかる」。そういえば弁慶は七つ道具を背負っていましたね。
小学校に入ると絵本を卒業し、童話や伝記物で源義経や弁慶の話を読みました。大河ドラマ『義経』も見ました。最初は、義経が尾上菊之助、静御前が藤純子、弁慶が緒形拳でした。二回目は滝沢秀明、石原さとみ、松平健でした。もし外国人俳優なら、義経は『太陽がいっぱい』のアランドロンで、弁慶は『大脱走』のスティーブマックイーン、静御前は『ローマの休日』のオードリーヘップバーンでお願いします。
司馬遼太郎の『義経』も夢中で読みました。森詠に『七人の弁慶』もありますね。
源義経誕生は日本史でも学びました。1159年、源義朝(よしとも)と常盤御膳の間に生まれ、源頼朝とは異母兄弟です。
ところが弁慶や静御前の出生については、物語や芝居の世界でもあまり触れられることはありません。悲運の名将・義経を孤高の人に仕上げる脇役として終わります。
ところが、弁慶にも静御前にも人間性を示す逸話があります。
●弁慶の石川県小松市の安宅の関(あたかのせき)の物語。源頼朝の追っ手から逃れ奥州藤原家の平泉を目指す義経と弁慶たち。偽りの勧進帳を読み上げる弁慶に同情し、関所を通す富樫泰家との話です。歌舞伎でも有名ですね。
●頼朝の追っ手との衣川の合戦で、義経を守るために橋の中央で矢面に立ったまま死んだ「弁慶の立ち往生」伝説。
静御前には、二首の有名な短歌があります。義経と離れ離れとなった静御前は捕らわれ、源頼朝によって殺されそうになります。そのとき、義経を思い詠んだ歌です。
●しづやしづ しづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな
(倭文(しず)の布を織る麻糸をまるく巻いた苧(お)だまき。そんな糸が繰り出されるように、どうか昔を今にする方法があったなら)
●吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき
(吉野山の峰の白雪を踏み分けて姿を隠していった義経が恋しい)
こんな物語のある弁慶と静御前ですが、出生の地や生い立ちには、皆さん無頓着です。どうしてでしょうか。脇役の運命でしょうか。
それでも比叡山の僧侶・弁慶の出生地には諸説あります。そのなかで伝承の豊富さでは、松江と和歌山(紀伊国)の田辺が二大候補地です。
伝承が多いから弁慶が存在したのではありません。人々の生活の中に、時代をまたがり弁慶伝説を語り継ぐ理由と現象があったのです。その現象を「なぜなのかな」と思います。松江の人にも、田辺の人にも、弁慶がこの地で生まれたと信じなければならない訳があったのです。その訳を仮説で組み立ててみたいと思います。
旅する人も、どうして弁慶伝説が生まれ、伝承されて今に残っているのか想像してみることで、見学の旅から物語の旅へと大きく変わるはずです。
それでは、弁慶伝説をお楽しみください。
創作に当たり次の本と地元のパンフレットを参考にさせて頂きました。
・鳥谷芳雄著『歴史の風景を読む』(松江文庫12 報光社・定価1100円 2021年2月8日発行)、「三、弁慶伝説のある風景」
・酒井董美他『日本伝説大系・第11巻山陰』
⇒つづく
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