目次 序 弁慶伝説のはじまり 壱 弁慶誕生の巻 三月三日桃の節句 弐 弁慶成長の巻 強い弁慶には訳がある 箸休み 弁慶・義経・静御前の『四都伝説』(松江・京都・鎌倉・平泉) ①伝説に向かいし群像たち ②一瞬を駆け抜けた群像たち 参 弁慶凱旋の巻 義経の元を離れた訳は 箸休み 弁慶・義経・静御前の『四都伝説』(松江・京都・鎌倉・平泉) ③『四都伝説』の意義 ―旅の心得― 四 弁慶、義経、静御前、北帰行の旅路(義経北帰行の道) 五 弁慶、義経、静御前、北帰行の旅路(義経飛翔伝説の道) 跋 弁慶、義経、静御前、永遠に
『四都伝説』の意義 ―旅の心得―
「愛していない人と旅に出てはならない」。ヘミングウェイの言葉です。そのヘミングウェイの文庫本を、若い頃には、バンダナと一緒にジーパンの後ろポケットに突っ込み旅に出ました。『老人と海』『日はまた昇る』『誰がために鐘がなる』
一日数本のバスの時刻を裏表紙に書き込み、駅前の定食屋で余白のページにカツ丼をスケッチし、ひなびた飲み屋のカウンターで詩などを印刷文字の上に綴りました。
旅から帰ると汗と汁に滲む文庫本を広げ、潮騒の香りに目を閉じ、白い土埃を思い出し、ページに挟んだ色あせた野花を手にウイスキーを飲みます。『あぁ、やはりヘミングウェイはいいな』とつぶやくと、部屋の隅に漂う白い陰に気づくのです。
「我々はいつも恋人を持っている。彼女の名前はノスタルジーだ」(ヘミングウェイ)。そうだ、僕たちはノスタルジーと一緒に旅をし、新しいノスタルジーと四畳半で暮らしはじめるのです。
宮本常一著『民俗学の旅』(文藝春秋刊)を初めて読んだ日のことを憶えています。「できることなら高校生のときに読みたがった」。それほど衝撃的な文で、感慨深い、思惟に富んだ内容でした。
宮本常一氏が10代のとき、家を出て大阪へ勉強しに行く時のことです。父親から言われたことを整理した10項目の心得です。宮本氏は父の言葉を生涯忘れることがありませんでした。むしろ、この教えによって宮本常一民俗学が誕生したと言っても過言ではありません。
少し長くなりますが、旅する手本にもなりますので引用します。今回の引用は、講談社学芸文庫として1993年に復刻された『民俗学の旅』からです。
「(1)汽車へ乗ったら窓から外をよく見よ、田や畑に何が植えられているか、育ちがよいかわるいか、村の家が大きいか小さいか、瓦屋根か草葺きか、そういうこともよく見ることだ。 駅へついたら人の乗りおりに注意せよ、そしてどういう服装をしているかに気をつけよ。また、駅の荷置場にどういう荷がおかれているかをよく見よ。そういうことでその土地が富んでいるか貧しいか、よく働くところかそうでないかよくわかる」(36頁)
人々の生き様や労働から社会・経済を見つめ、人々の生活や自然から文化・政治を学ぶ宮本常一氏の「あるく」「みる」「きく」(宮本常一編纂旅行雑誌のタイトルより)の姿勢が伺えます。こんな行為を通してこそ、村に来る人(外部)と村に暮らす人(内部)の垣根が低くなり、互いに学び、創意工夫で新しい価値・文化を築き上げるのでしょう。
その考えは、私どものwebサイト『島根国』のコンセプトとも通じるところです。
そして、
「(2)村でも町でも新しくたずねていったところはかならず高いところへ上ってみよ、そして方向を知り、目立つものを見よ。峠の上で村を見おろすようなことがあったら、お宮の森やお寺や目につくものをまず見、家のあり方や田畑のあり方を見、周囲の山々を見ておけ、そして山の上で目をひいたものがあったら、そこへはかならずいって見ることだ。高いところでよく見ておいたら道にまようようなことはほとんどない」
俯瞰して探る。旅と言う喜びを、旅行パンフレットに導かれる「線」の行動から、自分の意思で俯瞰することで気づきを確かめる「面」への旅にするのです。
「(3)金があったら、その土地の名物や料理はたべておくのがよい。その土地の暮らしの高さがわかるものだ」
名物とは高価とは限りません。その土地その土地の名物や人々が愛するものを食べてみる。創意された料理を食することでコミュニケーションの深みが増すのです。
次の(4)ではできるだけ歩いてみることだと述べています。以降の訓えは、書籍をお買いもとめてご一読ください。
旅とは、気づきを教えられる時間です。名所旧跡に行き、眺めるだけでなく、好奇心と問題意識で訪ねて話す一連の行為に意味があると諭しています。ちょうど、スティーブ・ジョブズが、旅を通してビジネスや開発の本質を伝えた「旅の過程にこそ価値がある」と話した境地と同じです。
意味があるとかないとか、前唾もので作り話とかではなく、確かめに行く行程が楽しいのです。そこで自然や人と出会い、自分の五感で考えましょう。
弁慶伝説が嘘であっても、そこで出会った人たちとの会話と営為は、あなたにとって事実であり大切な思い出です。島根で食べる食べ物がすべてあなたの舌にあうわけではありません。でも、それも含めてあなたにとって素晴らしいご馳走です。
ドイツの詩人ゲーテは良いことを言っています。「人が旅するのは、到着するためではありません。それは旅が楽しいからなのです」
そうです、結果は大切ですが、もっと大切なことは結果ではなく過程が大切です。この過程をどうやって楽しみ、共感するかでしょう。
『箸休み』のタイトルを「弁慶・義経・静御前の『四都伝説』(松江・京都・鎌倉・平泉)」としたのは、前記した宮本常一氏の父からの訓えを思い出し、あらためて読んだ宮本常一著『飢餓からの脱出―生業と発展と分化』(八坂書房2012年刊)に、思考回路が弾けたからです。
一か所だけで考えるのでなくいろんな所を訪ねてみると、そこに一つの共通項が見えてきて好奇心が広がります。それがこの著書では「飢餓」でした。
「弁慶伝説」を島根に限るのではなく、義経や静御前など多くの人たちとの関り、さらには過ごした場所や自然社会との関係で見ることで、もっと楽しく、深みのある思い出の旅になります。
松江の枕木山や出雲の鰐淵寺を訪ねられたら、京都の鞍馬山や清水寺に三条堀川、鎌倉の鶴岡八幡宮に由比ガ浜、平泉の中尊寺に高館義経堂と毛越寺など、訪ねられたらと思います。逆に京都、鎌倉、平泉を訪れた方は、その思い出を持って島根の弁慶伝説を訪ねて頂ければと思います。
松江の弁慶ではなく、その時代の弁慶となります。乱暴者から忠義心のある弁慶だけでなく、多くの人びとのよって活かされた弁慶にもなります。弁慶や人々の関りから、その地方の文化や民俗と結びついていきます。
『四都物語』。あなたの好奇心と足で繋いでみませんか。艶やかで悲しい伝説がより一層浮かんでくるでしょう。コロナ禍が開けたら、あなたの好きの四都のいずれかに足を運んでみませんか。そのときは、どうか宮本常一氏の十の訓えを思い出して頂ければ幸いです。
次回から、いよいよ義経、弁慶、静御前たちの北帰行伝説が始まります。弁慶に新たな展開があります。写真は、岩手県宮古市の横山八幡宮です。平泉で亡くならなかった義経主従は、北へ北へと逃げ延び、遠野からここに流れ参拝します。新宿の熊野神社に係わるドラマが起きます。※
※ 当サイト『全国の出雲の神々』「十三回 新宿西口の激変を見守ってきた十二社熊野神社」を事前に一読ください。
口頭伝承の話は、語り継ぐ語部がいなくなる時、この地上からも歴史からも消えてなくなります。そしてほぼ永久になくなります。
私が小学生の頃です、近所に村々のご老人からこの地に伝わる昔話や逸話を聞きノートに書き写すことを趣味とされたお爺さんがいました。学校では学ばない将棋や釣り、竹馬や竹とんぼの作り方なども学びました。
お爺さんからきいたのが、「弁慶の家臣の落人伝説でした」。名前はうろ覚えなのでEとしておきます。話もほとんど忘れたのですが、お爺さんの大学ノートにはびっしりと書き込まれていました。サバと山姥、鬼にさらわれたお姫様などの話もききました。
お爺さんも、息子さんも亡くなられノートも紛失したとのことです。もし、ノートがあれば、この弁慶伝説も新たな展開を向かえたのかもしれません。
島根に帰ると昔話や逸話の書籍を読むのですが、義経の家臣の落人伝説には出会いません。どなたかご存知ではありませんか。もし御存じならお知らせください。
⇒つづく
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